池袋の再開発、理由は“消滅可能性都市”って本当?その真相とは

「消滅可能性都市」以前に池袋は動き出していた

アニメイトへの売却が決定した池袋保健所

時系列的に考えれば、2014年に発表された「消滅可能性都市」が、直接「再開発計画」そのものに影響を与えたとするのは無理があります。

影響自体が大きかったのは確かとしても、旧豊島区庁舎の移転、新庁舎の整備計画がスタートしているのは資料によると平成13年度となっています。
http://www.city.toshima.lg.jp/063/kuse/shisaku/shisaku/kekaku/021014/documents/kihonkeikaku-siryou_1.pdf

新庁舎が完成し、跡地をどうするのか?
それらの計画に「消滅可能性都市」への認定が影響を与えるにはあまりにも遅すぎます。

2014年に発表されたことが即反映されるとは到底考えられません。
むしろそれより遥か以前に池袋の再開発を決定付ける流れが生まれています。

その最も大きな理由がアニメイトの移転です。

アニメイトの移転こそが「再開発」の鍵となった?

アニメイトの乙女ロードからの移転は大きな変化の始まりだった

アニメイト池袋本店が乙女ロードから現在の位置に移転したのは2012年11月です。

この移転と全く同時期に、サンシャインシティに「J-WORLD TOKYO」が誕生。「とらのあな」がサンシャイン60通りから移転で分館制に。秋葉原から「武器屋」が池袋に移転。アニメイト池袋本店を中心に周辺に「K-BOOKS」や「らんしばん」、「カフェ&バーCHARACRO(キャラクロ)」、女性向け同人ショップ「Fromagee」のOPENラッシュが始まります。

これまで乙女ロードに隔離されていたオタク街が飛躍的な拡大を見せたのが2012年~2014年です。

そもそも移転前のこのブログ自体が、この時期に「いったい池袋で何が起ころうとしているのか?」という疑問を記録する為に始めたのですが、この当時は、池袋が今のようになると力説しても全く相手にされなかった悲しい記憶があるだけに隔世の感があります。

ピカフクロウ氏
何言ってんだコイツ? という目が懐かしいね!

それはそれとして。
アニメイトさんが移転直後の2013年2月1日~2日、豊島公会堂、豊島区民センターで「東京マンガ・アニメカーニバル」が開催され、中池袋公園でセレモニーが行われると共にコスプレイベントも開催。これまでアコスタの会場はサンシャインシティが中心でしたが、アニメイトが移転したことでアニメイトを中心にオタク街が構築され始め中池袋公園がコスプレ会場になっていく流れが出来上がります。

ニコニコ本社の移転により、豊島区×アニメイト×ドワンゴの構図が決定的になった

2014年になるとドワンゴが「ニコニコ本社」を渋谷から池袋に移転。更にメロンブックスも池袋に出店。

2014年10月、ニコニコ本社のOPENに合わせて豊島区全面協力の下、豊島区×アニメイト×ドワンゴのタッグで開催されスタートしたのが「池袋ハロウィンコスプレフェス2014」です。

この頃から豊島区の高野区長がコスプレするなど全面アピール。
ということは高野区長は今年で既にコスプレ歴5年であり、新人レイヤーとは言えなくなっています。

こうした流れが現在の池袋の系譜となっています。
この時期を境に「国際アート・カルチャー都市」という言葉も顕在化していきます。

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